2018/07/23

松山市に残る掩体壕(えんたいごう)その1

愛媛県松山市に第二次世界大戦中に作られた掩体壕(えんたいごう)が3か所
現存するということで行って来ました。

掩体壕は聞きなれない言葉ですが、戦闘機の格納庫のことです。

今日はその1
場所はこちら
https://goo.gl/maps/mZS7jcFnJDL2



松山空港の前身は旧帝国海軍の吉田浜飛行場なんですね。

当時は合計63基建設されたそうです。
有名な源田実大佐を司令官に第三四三航空部隊がおかれていました。

戦闘機は「紫電」「紫電改」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E9%9B%BB%E6%94%B9



戦闘機と言えばゼロ戦が有名ですね、軽い機体で馬力の強いエンジンを搭載してすばらしい戦闘能力だったようですが、防弾装備がないという弱点がありました。

その点、紫電改は燃料タンクは防弾仕様になって自動消火装置がついたり、操縦席の前方は防弾ガラスになってました。また、当時としては画期的な自動空戦フラップを搭載していたようです。


偵察機は「彩雲」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A9%E9%9B%B2_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)



瀬戸内海から西日本一帯を防空していたようです。

1945年(昭20年)3月19日の松山上空での空中戦では
米軍機約50機を撃墜したのは有名な話ですね。

道路からよく見える分かりやすい場所にありました。
きれいに残ってました。









よく見るとコンクリートは大きな砂利石が混じって突貫工事だったんでしょうか。



扉の隙間にレンズを入れて内部を撮影してみました。



戦闘機1機がすっぽり収まる構造になってますね。
当時はこの入口と飛行場までがつながってたんでしょうね。



往事がしのばれます。

なお戦闘機「紫電改」は日本で唯一の現存機が愛媛県にあります。
その時のブログがこちら

最後までお読みいただいてありがとうございました。

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