2018/07/24

松山市に残る掩体壕(えんたいごう)その2

愛媛県松山市に第二次世界大戦中に作られた掩体壕(えんたいごう)が3か所
現存するということで行って来ました。

今日はその2
場所はこちら





掩体壕は戦闘機の格納庫です。
松山空港の前身は旧帝国海軍の吉田浜飛行場なんですね。

当時は合計63基建設されたそうです。
有名な源田実大佐を司令官に第三四三航空部隊がおかれていました。

戦闘機は「紫電」と「紫電改」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E9%9B%BB%E6%94%B9

偵察機は「彩雲」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A9%E9%9B%B2_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

瀬戸内海から西日本一帯を防空していたようです。

1945年(昭20年)3月19日の松山上空での空中戦では
米軍機約50機を撃墜したのは有名な話ですね。

さて、二つ目の掩体壕はけっこう探しました。
駐車場の左手の林の中でした。



雑木が茂って、全体像が見えません。






この角度からなら、掩体壕だと分かりますね。



すぐお隣は民家ですね。



ぐるぐる遠回りして、正面に回ってみました。
掩体壕の真ん前に住宅が建ってました。しかも、掩体壕を利用してマイカーの
駐車場になってるんですね。



第二次世界大戦中の戦闘機の格納庫がマイカー置場とはすばらしい。
掩体壕は全国にあちこちに残っていますが、このような利用方法はとても
ユニークというか珍しい事例でしょうね。

ここから当時戦闘機や偵察機が出撃していたことを思い起こすと
平和な時代になったなぁって感慨深いものがありますね。

ところで戦闘機「紫電改」は日本で唯一の現存機が愛媛県にあります。
その時のブログがこちら

最後までお読みいただいてありがとうございました。

コメント

非公開コメント