2014/11/20

宮城県 震災後の状況(2014.11)

一昨日訪問した宮城県女川町です。

石巻の電気屋さん仲間のご案内でここまで来られました。
 
高台にある女川町地域医療センターの駐車場からの写真です。
 

 
津波のために、建物が流されて更地になってました。
 


正面の大きな横倒しの3階建ての建物が基礎部分がこちらに向いてます。
津波のものすごい力を物語っています。
 
倒れた向きで見ると、引き潮の時に倒壊しています。
 
海面からかなりの高さがありますが、この駐車場にも津波が押し寄せたそうです。
 

 

 
奥の斜面の中腹に新しい住宅用地を造成中でした。
 

 
左手側の元々住宅地だったところが、大量の大型ダンプで土を入れてかさ上げしてました。
 


広大な旧市街地全体が対象の大規模工事でした。
市民にアンケートしてこれ位の広さと決めて造成してるそうですが、いざ完成したときにどれだけの住民が戻ってこれるのかが心配だそうです。
 
次に石巻に移動。

こちらも、今も震災の爪痕がそのままでした。この辺りはすべて更地で一面の野原のような状態でした。
 

 
 

 
近くまで行くと、アスファルトの道路沿いにコンクリートの基礎だけがあちこち残っているので初めてここに住宅が会ったのが分かります。
 
元々はコンビニの跡地でしょうか、手作りの慰霊碑がありました。
 

 

 


お参りさせていただいて、ふと見上げると元は看板の支柱と思われる柱に津波の浸水深さ表示がありました。6.9mとありました。
 
当時は流れ出た油に火がついて、流された住宅が燃えて異様な情景だったそうです。
 
その後は、製紙工場から流出した大量のパルプが悪臭を放ったり、
冷蔵倉庫内の大量の食品が腐敗してハエが異常繁殖したり、
ヘドロが乾燥して大気中に飛散して健康に被害が出たり、
私の知らなかった後日譚に驚きました。
 
牡鹿半島の付け根付近に位置する石巻ですが、その半島が動いたそうです。
後で調べると5m動いたことが分かっているそうです。
 
ご案内下さった方の話では、助かった方そうでない方の運命を分けたのは紙一重の一瞬の判断で決まるとのことでした。
とにかく、揺れと同時に津波を恐れて体一つで逃げた方はセーフ。
忘れ物を取りに帰った方は・・・
 
最後にプレハブのふれあい復興商店街に行きました。今回ご案内下さった電気屋さんもこちらに現在のお店があります。
 

 
暖かいコーヒーを入れていただいておいしく頂戴しました。
 
私の住む四国でも、南海トラフ巨大地震が予想されてますが、他人ごとではないですね。
普段から防災意識を高めて、備えだけはしておく必要がありますね。
 
ご案内、ならびにご一緒下さった皆様に厚く御礼申し上げます。

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